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声優さんのお仕事はとても興味深いところが多いです。一般のビジネスマンの筆者からは当然見えにくい世界ですが、その才能についてビジネス視点で考えてみることは、人材育成やスキルワイドの観点から大きな意味があります。
このコラムでは、声優さんの才能やそこから学べること、楽しみ方、音声合成との比較、など観る側の視点で論じています。

声優さんのスキルは?

普通の人が出せない魅力的な声、これを出せるのが声優さんです。当然、素敵な声を出せるだけでは声優さんにはなれないでしょう。
声優さんがもっていると考えられるスキルや能力を挙げてみます。

  • いつでも同じ調子での声質
  • 豊かな表現力
  • 声が枯れない強靭な喉
  • 鼻づまりしない安定した体質
  • 風邪を引かない強靭な体力
  • 多くのバリエーションの声
  • 声質を維持した長期での活躍
  • アドリブ、気の利く機転
  • 存在感のある歌唱力

長期で活躍できると、年月が経過しても続編やゲスト出演が可能で、制作側からは重宝されるでしょう。
タレント性が重視されるなら、ルックス・ビジュアルやトーク力などほかのスキルも要求されると思います。しかし声のお仕事の場合、顔出しNGのほうがそれでブランド価値が上がるような側面も感じられます。

たくさんのスキルを所有していることで、オファーも集まるでしょうし、声優さんによってそのスキル領域も大きく異なります。スキルを上げていくことでより多くの活躍ができる、ということろは一般のビジネスマンと共通する部分ですね。
たくさんのことをできる声優さんをお手本にして、一般のビジネスマンも能力の幅を広げるよう考えることができそうです。

音声合成技術の発達と声優さん

筆者は仕事で音声合成ソフトを用いて人工音声を制作することがあり、数種類の使用経験があります。音声合成の技術は目覚ましい進歩が見られ、声質や抑揚、間合いのみならず感情モードなどもあり、時間さえかければかなり品質の高い音声を制作することが可能です。
たまに「これだけ高品質ならアニメや映画の吹き替えの声にも使えるのでは?」と感じてしまうこともあります。
しかし声優さんのもつスキルを考えると、音声合成による人工音声は、声優さんから繰り出される生の声にはまだまだ敵わないでしょう。
声優さんのスキルそのものが証明ですが、特に以下のような技能は音声合成での高品質制作が難しいです。

  • そのキャラクターに感情移入できるからこそ出せる表現力やアドリブ
  • そのキャラクターの声そのもので奏でられる上手な歌声
  • 言葉のような言葉でないような、あいまいなうなずきやため息
  • 「何か違う」という場合の、デジタルではない微妙な声のトーンの使い分け

声優さんによるお仕事は高品質な声だけでなく、キャラクターになりきる声優さん自身からの新しい発想や提案、出演声優さん同士の掛け合いやコンビネーションによる相乗的な仕上がりは、機械や音声クリエイターには出せない領域です。
そして何よりも映像を観ている人に与える生の声の暖かさや「この声は○○の声と同じ人の声だね」などと楽しさを感じさせてくれることは、プロの職業声優さんの専売特許といっても過言ではありません。

AIに取って代わることも、しばらくはないと考えます。たとえばロボットは以下のようなことが得意ですね。

  • 決められたルールのもとで確実に行う
  • 大量のデータから解析・分析する
  • 発生した問題を解決する
  • 具体的な事象をデジタルに扱う

それに対して人間が得意とするのは以下のようなことです。

  • ルールに書かれていないないことを柔軟にこなす
  • 過去データにないことをかみくだいて表現する
  • 問題を発見して解決する
  • 抽象的なことをアナログで微妙な加減により扱う

これらを声優さんのお仕事でいうと、おそらく以下のようなことになります。

  • 自身の能力をもとに、要求されたスペック以上の声質を発揮
  • これまでにないタイプのキャラクターを独自の発想で表現
  • 「これは何かが違う」と自らの提案でのやり直しや、演じる側としての全体テイストへの問題提起
  • 声にならない声、話しながら声が高ぶっていく、困ったような嬉しいような含みのある表現など


音声合成による人工音声だと、声は「制作全体の一部の工程」という位置付けですが、声優さんによる声は「作品に命を吹き込む」というくらいに別物ですね。

制作費の都合で、音声合成の作業工賃との比較があるとしたらいかがでしょうか。クリエイターの作業工賃は、フリーランスは幅が広いですが、会社員なら1時間あたりの賃率は3千円くらいから6千円くらいです。
筆者がアニメ音声に匹敵するくらいの音声合成をしても、1分程度の日常会話を作るのに30分以上はかかります。手慣れたクリエイターでもシーンごとに自然な音声合成作り込むのは大変難易度が高いといえます。オペレーションスキルのみならず感性、全体像の把握、微妙なさじ加減、それに加えてスピード感も要求されるからです。
声優さんの賃金は、そのキャリアによって幅があると思います。費用対効果や生まれる付加価値を考えると、少なくとも現段階では声優さんのほうがメリットははるかに大きいでしょう。

アニメが人気が出たときに、主人公が歌う主題歌やエンディング、挿入歌がサウンドトラックとしてCD化されることがあります。機械音声だと少し無機質で戸惑いますね。このような商業的な観点から見ても、声優さんが演じることに大きな意味がありそうです。

セル画はCGに代わりましたが、声優さんの声は音声合成には代わらないでしょう。

筆者がすごいと思う声優さん

筆者が好きな声優さん、すごいと感じる声優さんを、ご活動期間の長い順に挙げさせていただきます。「声優さん」とひと言でいってもそれぞれの方々の能力はさまざまです。

冨永みーな さん

とてもかわいらしいお声の持ち主ですが、役柄の幅が広く、歌も上手に歌える多才な声優さんです。「サザエさん」のカツオ役が有名です。
1984年の「魔法の妖精ペルシャ」のペルシャ役が素晴らしくかわいい声です。セクシーな女性の声もお得意で、声質の幅は広いです。冨永みーなさんの地声はペルシャのほうに近いのですが、カツオの声はあまりにもペルシャとは異なる声質でびっくりします。カツオの声を出すことで喉は大丈夫かと心配してしまうほどです。
台本からは読み取れない話し方のイントネーションを巧みに表現したり、カツオ役は前任者の体調不良時に急遽代行するほど機転の利く対応で、まさに声のプロといえます。

千葉繁 さん

独特で分かりやすいお声の持ち主です。渋い声から子供のような声まで楽しめます。
カッコいい声は、
ラデイッツ(ドラゴンボール)
キン肉マンソルジャー(キン肉マン)
かわいい声は、
一堂零(ハイスクール奇面組、2頭身のとき)
ピラフ(ドラゴンボール)
が代表的といえます。同じ声優さんから創出されるその声色の違いは、アニメの中身以外にも楽しませてもらえます。

作品出演時にはメインキャラからトーンを変えて通行人の声も担当したり、脇役キャラでもアドリブを利かせ独特の存在感を吹き込み、キャラクターの魅力を引き立てることができる方です。

小山茉美 さん

ドクタースランプ・アラレちゃん役が有名です。アラレちゃんのようなコミカルな声のほか、凛々しい声、親しみのある明るい声、しっとりとしたナレーションなど、豊かな表現力が魅力です。

1979年「機動戦士ガンダム」のキシリア・ザビは怖い上司のような声で、アラレちゃんと同じ声優さんとは思えないくらいの違いです。
ドキュメンタリーや特集番組などでの澄んだ声のナレーションで、画面の下に「ナレーション 小山茉美」と表示されると驚かされるほどです。

「アラレちゃん音頭」という曲をアラレちゃんの声で歌ってらっしゃいましたが、「最後までこの声で歌うのはつらかった」とのご本人の言葉があります。演じる声で歌う、というのは大変なことなのですね。
アラレちゃんについては、放映から35年経過した2016年にも担当するほど声を長期でキープされて、頭の下がる思いです。

菊地ゆうみ さん

菊地ゆうみさんは「ちいさなプリンセス ソフィア」の主人公ソフィア役をなさっています。素晴らしくかわいい声を出される方で、演じたキャラクターの存在感にはつい引き込まれてしまいます。
主人公ソフィアは8歳くらいという設定ですが、菊地ゆうみさんの出される声は、実在の7歳児よりも少女の声です。演じられた当時のご年齢からしても、魔法のような声ですね。
主にかわいらしい声がお得意のようですが、低い声もカッコいい聞き応えのある、存在感のある響きです。

「ちいさなプリンセス ソフィア」では、物語のつくりから、主人公ソフィアのさまざまな心の動きの描写が多くの場面で見られます。以下のような描写です。

  • 嬉しい・とても嬉しい
  • 悲しい・とても悲しい
  • 悩む・困る
  • 怒る・叱る
  • 断りたいが断れない
  • 諦める
  • 心の中では悪いと分かっていてもはしゃぐ
  • しぶしぶ認める
  • 反省する
  • 驚く・慌てる・恐がる
  • 疑問を感じる・疑う
  • 諭す
  • ひらめく
  • 安心する・ほっとする
  • いじわるする

などなど挙げたらきりがないくらいですが、ほかのアニメと比較するとかなり多く、声優さんの幅の広い表現力が求められたと考えられます。
菊地ゆうみさんは、これらを揺るぎない表現力で演じ切っていらっしゃいます。シーンごとの語りのスピードやトーンのコントロールもとてもお上手で、熱のこもった演劇を観ているかのように引き込まれます。

菊地ゆうみさんは、歌がとてもお上手です。子供を惹き付けるかわいらしい歌声です。
「ちいさなプリンセス ソフィア」では、100話を超えるエピソードのほとんどでソフィアの歌う曲が流れます。数年の収録期間でその曲数は数えきれないほどです。本職の歌手でもこれほどの曲数をこなすのでしょうか…。
それぞれの曲は物語の内容に沿って流れるので、ただ上手に歌うだけでなく、それまでの心の動きに乗せた感情の入った歌唱になります。菊地ゆうみさんの才能が凝縮されています。
全曲の収録をこなすのも大変だったと思いますが、練習にも個別に時間を費やしたことを考えると、歌唱力のみならず強靭な喉の持ち主さんなのですね。

ソフィアだけでなく、数多くのキャラクターを演じられ、またTVコマーシャルでのナレーションもお得意とされていて表現の幅も広い方です。年齢もまだお若いので、これからのより一層のご活躍が期待されます。

菊地ゆうみさんのブログ

幅広い声質や表現力だけでなく、歌唱力、安定したアウトプット創出といったマルチなスキルをもつことは、ビジネスマンも見習うべき部分ですね。

まとめ

声優さんは、多才な能力をもとに作品に命を吹き込み、音声合成には代えられない、価値の高いお仕事をされています。声優さんによって持ち前のスキル範囲は異なるようです。
スキルワイドにより幅広いお仕事を展開できる、という点は一般のビジネスマンと同じです。また表現力や自らの力でひとつのプロジェクトに付加価値を与える、ということはビジネスマンも忘れてはいけない大切な要素だと気付かされます。
これからも声優さん方の活躍に目を見張りつつ、自身のスキルアップを考えたいですね。